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東京地方裁判所 昭和38年(行)65号 判決 1964年5月28日

原告 里見等

被告 東京法務局供託官吏

訴訟代理人 岩佐善己 外一名

主文

原告の昭和三八年五月九日付供託金取戻請求に対し同年同月一〇日被告のした却下処分を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

一、原告は、訴外村川利喜雄所有の宅地につき、借地人仲出ふみより賃借権を譲り受けたが、右村川は、高額の権利金の支払を要求して、原告提供の賃料の受領を拒絶したので、原告は同人のために東京法務局に対し次の表のとおり供託をした。

供託金額

供託年月日

供託番号

供託原因

根拠法条

供託官吏

四、〇〇〇円

昭和二七年

五月七日

昭和二七年

金 第一三〇三三

昭和二七年

三、四月分地代

民法

第四九四条

東京法務局法務事務官 松本成一

〃 年

七月一日

一九二一〇

五、六月分 〃

〃 年

八月三〇日

二六一二八

七、八月分 〃

〃 年

一一月一日

三四一六九

九、一〇月分 〃

〃 年

一二月一七日

三九三五八

一一、一二月分 〃

昭和二八年

二月二七日

四八〇七四

昭和二八年

一、二月分 〃

その後も原告は前記村川のために賃料相当額を供託していたところ、同人は昭和三一年六月五日原告に対し建物収去土地明渡訴訟を提起し、昭和三八年一月一八日上告審たる最高裁判所において、原告と同人との間で裁判上の和解が成立した。この和解において、村川は原告に対し、前記土地に対する昭和二七年三月一四日から土地明渡しに至るまでの賃料相当の損害金を放棄してこれを原告に請求しないことにしたので、原告が昭和二七年五月七日以来続けてきた供託はその必要性が消滅し供託金の取戻が可能となつた。

二、そこで、原告は、昭和三八年三月二〇日被告に対し右供託金の取戻を請求したところ、被告は第一項掲記の昭和二八年二月二七日以前に供託した分については、取戻請求権が時効により消滅したことを理由に原告の請求に応じなかつたので原告は、昭和三八年五月九日再度被告に対し取戻しを請求したが、被告は同月一〇日原告の請求を却下した。

三、しかし、被告の却下処分は、次に述べるとおり違法である。

(1)  供託物は、原則として国家機関が保管し、その事務は供託官吏が取り扱うべきもので、供託官吏は、適法な供託の申請があれば、これを受理しなければならず、不適法な申請は却下すべきもので、受理、不受理の自由はなく、そこに当事者間の自由意思による合意の観念を入れる余地はないから、供託関係は、公法上の法律関係と解すべきところ、供託金の取戻請求権の消滅時効については、供託法、供託規則等になんらの定めもなく、しかも、供託関係においては、私債権と異なり、時の経過等によつて証拠が散逸するものでもなく、また継続した事実状態を尊重すべき要請も乏しいことよりすれば、現行法上供託金の取戻請求権の消滅時効については、明文の規定を欠き、民法上の消滅時効の規定を類推適用する余地もなく、法は、取戻請求権については、時効による消滅を予想していないものと解すべきである。

(2)  仮りに、取戻請求権につき、民法の一〇年の消滅時効の規定が適用されるとしても、債務者は、供託によつて免責の利益を得ることができ、これを取り戻した時は、免責の利益を失うこととなるから免責の利益の存する限り、実質的に取戻請求権の行使を妨げられているものといわねばならない。従つて取戻請求権の消滅時効は、免責の利益が喪失した時より進行するものと解すべきところ、前記のとおり昭和三八年一月一八日に和解が成立するまでは、原告は、前記供託による免責の利益を有していたものであるから、取戻請求権の消滅時効は、昭和三八年一月一九日より進行を開始したもので、原告が取戻しを請求した昭和三八年五月九日には、未だ時効期間は満了しているものではない。

(3)  仮りに、右主張も理由がないとしても、昭和二九年八月三〇日法務省令第一〇四号による改正前の供託規則第六条第二号によれば、供託者が民法第四九六条により供託金の取戻しを請求するには、債権者の供託不受諾証明書の添付を要求していたので、供託者の取戻請求権の行使は債権者の意思に拘束され、供託者が自由に行使することはできなかつたものであるから、右規則改正までは、債権者の不受諾の意思表示のときより消滅時効が進行するものと解すべきところ、前記村川は不受諾の意思表示をしたことはないから、前記供託金の取戻請求権の消滅時効は、右規則改正後の昭和二九年八月三一日より進行を開始し、原告が請求した時において、未だ消滅時効は完成していなかつたものである。

四、よつて、原告は、原告の前記供託金の取戻請求を却下した被告の処分の取消しを求めるため、本訴に及んだ次第である。

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告の請求原因第一項につき、供託の事実を認め、その余は不知、同第二項の事実を認め、同第三項を争うと答弁し、別紙「被告の主張」のとおり述べた。

(証拠省略)

理由

原告が、その主張どおり供託をし、昭和三八年五月九日その取戻しを請求したところ、被告が翌一〇日右取戻請求権は時効により消滅したとの理由で、これを却下したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証によれば、原告と訴外村川との間に賃料供託の基礎となるべき土地賃貸借につき紛争を生じ、同人より原告に対し建物収去土地明渡請求訴訟が提起され、昭和三八年一月一八日最高裁判所第二小法廷において、原告主張の内容を含む裁判上の和解が成立したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。本訴の争点は、原告主張の供託金の取戻請求権が、原告請求の時、すでに時効により消滅していたかどうかにあるから、これにつき判断する。

原告は、まず供託関係は公法関係であるから、民法の消滅時効の規定は適用されず、他に特別の規定はないから、供託金の取戻請求権は、時効によつて消滅しないと主張する。供託関係が公法関係であるか私法関係であるかは一の問題ではあるが、供託が、公法的色彩を帯びる法律関係であるとしても、原告主張のようにおよそ消滅時効制度になじまないものと解するに足りる合理的根拠はなく、供託が私法上の第三者のためにする寄託契約に類似する性質を有することは否定し得ないところであるから、供託金の取戻請求権の消滅時効については、被告の主張するとおり、民法第一六七条の適用または類推適用を受け、一〇年の経過をもつて時効により消滅するものと解するのが相当である。

そこで供託金の取戻請求権の消滅時効の起算点について考察する。民法第一六六条によれば、消滅時効は、権利を行使することができるときより進行するものと定められているところ、同法第四九六条によれば、供託者は、債権者が供託を受諾し、または供託を有効とする判決が確定するまでは、その供託により質権または抵当権が消滅した場合を除き、いつでも供託物を取り戻すことができるものとされ、原告の前記供託金につき、債権者が受諾しもしくは供託を有効とする判決が確定したことまたは供託により質権等が消滅したことにつき、なんらの主張・立証はないから原告は、右供託金を供託のときより、いつでも自由に取戻し得たのであり、右取戻請求権の消滅時効は、被告の主張するとおり、供託のときより進行を開始するものと解すべきもののように見えないわけではない。

しかし、法が消滅時効は権利を行使しうるときより進行するものと定めた趣旨は、権利を行使するにつき法律上の妨げがなく、しかも権利の性質上、即時にこれを行使すべきことが期待され、予想される場合であるにかかわらず、債権者がいたずらに権利の行使を遷延するとき、これをいつまでも許すことが、法的安定をそこない、債務者の保護に欠けることともなるので、これを防ぐことにあると解すべきであるから、消滅時効の起算点となる「権利を行使し得るとき」とは、単に法律上、形式的に、権利の行使が可能であるだけでなく、権利の行使がその性質上期待され、予想される場合でなければならず、従つて供託金の取戻請求権の消滅時効の起算点をいつと判断すべきかについては、まず供託ないし供託金の取戻請求権の性質を考察することが必要である。

供託は、債権者が弁済の受領を拒絶している場合などに、債務者等が弁済の目的物を供託することによつて免責を受くべきことを認める、供託者の利益のための制度であつて、供託者は免責による利益の享受を欲するものであるから、免責による利益の享受を要しなくなるまで、即ち供託の基礎となつた債権につき消滅時効が完成し、または債権者によつてこれが放棄される等の事実の発生するまでは、供託は存続せられることが、その性質上当然に予想されるものであつて、供託の利益の存する限り、供託物の取戻請求権の行使は、権利の性質上、期待されないものと解するのが相当である。法が債権者の受諾その他の事由が発生するまでいつでも供託物を取り戻しうるものとするのは、供託が、前記のとおり専ら供託者の利益のためのものであることから、債権者その他の者の利益に反するような事情が新たに生じない限り、供託をするかどうかないしこれを維持するかどうかを供託者の任意に委ねることを相当とするという趣旨に出たものであつて、これによつて供託物の取戻請求権は、その性質上供託のときより行使されることが予想され、期待されるものといえないことは明らかである。従つて、消滅時効の趣旨及び供託ないし供託物取戻請求権の性質よりすれば、供託金取戻請求権の消滅時効は、供託者において、供託による免責の利益を享受する必要の存しなくなつたときより、進行を開始するものと解するのが相当である。

被告は、供託金取戻請求権の消滅時効を供託のときより進行するものとしても、供託証明書の交付を受けるなどして、いつでも時効を中断する措置を講じることができるのであるから、消滅時効の完成による不利益は容易にこれを免れることができると主張するが、供託の利益がなお存在し、ただちに取戻請求権の行使が期待されない事情にある場合に、将来未必の取戻しの可能性を予想して時効中断の措置をとるべきことを通常人に期待することは無理であり、かような形式的な、差し当つて無益と見えるような手続をとらなければ時効の進行を阻止し得ないと解することは時効制度の本旨にそうものとは解されない。また、被告は、供託金取戻請求権が時効により消滅しても、債務免脱の効果は失われず供託者は格別に不利益を受けないから、消滅時効は供託のときより進行すると解すべきであるとも主張するが、供託が実体的に有効要件を備え、それが債務免脱の効果を生ずるかどうかは、確定判決によつて初めて明らかとなるのであつて、供託は、かかる事態を前提に、供託者と債権者の間で供託の効力について争いがある場合においても、一応供託者の判断に従い、供託制度を利用することを認めているものと解すべきであり、従つて後に、判決によつて、供託が債務免脱の効果を生じないことが確定されることもあり得るわけであり、かかる場合には被告の右主張が妥当しないことは明らかである。

以上の理を本件について見ると、原告が前記供託を維持する利益は、昭和三八年一月一八日の和解の成立により消滅し、これによつて、初めて原告の供託金取戻請求権は、その性質上行使すべきことが期待され得るものとなつたのであるから、原告の供託金取戻請求権は、右和解の成立した日の翌日である昭和三八年一月一九日より進行を開始し、原告が被告に対し、その取戻を請求した同年五月九日には、未だ消滅時効は完成を見ていなかつたのである。

してみると、これが時効により消滅したものとして、原告の前記供託金の取戻請求を却下した被告の処分は違法であるから、これを取り消すこととし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顕)

(別紙)

被告の主張

一、原告は、供託の性質は公法上の法律関係であるから、これにより生じた供託金取戻請求権については、直接民法第一六七条を適用すべきでないと主張するが、供託の法律上の性質は、物の保管を目的とする私法上の権利関係であり、供託物の取戻請求権も当然私法上の債権であるから、一般の私法上の債権と同じく譲渡差押等が可能であり、又消滅時効についても供託法上特別の規定を有しない我が国の法制のもとでは、民法第一六七条を適用すべきものである。仮りに、取戻請求権を含む供託関係一般が公法関係だとする原告の主張によるときも、取戻請求権の時効に関しては、前示のように特別規定がない以上、これに類似する私法上の権利に関する前示民法々条を準用ないし類推適用して一〇年とするか、会計法第三〇条により五年とするかのいずれかに解する外はない。

二、しかして、供託物の取戻しは、たとえ同権利が公法上のものであろうと私法上のものであろうと、消滅時効の起算日は、当該権利を行使するについて法律上の障害がない時である(民法第一六六条参照。)と解されるところ、民法第四九六条に基づき債権者が供託を受諾しないとき、又は供託を有効と宣告したる判決が確定しない間は弁済者(供託者)は何時でも供託物を取り戻すことができるのであつても、当然供託の時から消滅時効は進行するものである。

又供託者は、右取戻請求権が時効により消滅する不利益を避けるためには、他のあらゆる権利の確保の場合と同様に供託証明書の交付を受ける等供託所に対し債務確認の手続をとることにより、何時でも時効中断の措置を講ずることができ、又、たとえ供託金取戻請求権が時効により消滅した場合でも債務者の有する債務免脱の効果を失うものでもないので、それにより供託者は格別の不利益を受けるものでもない。

三、さらに原告は、昭和二九年八月三〇日法務省令第一〇四号による供託規則の改正前は、同規則第六条第二号によつて民法第四九六条に基づく供託金の取戻しを請求するについては、債権者の「供託不受諾証明書」の添付を要求していたので、供託者の供託金取戻請求権の行使は債権者の意思に拘束され、供託者の自由に行使し得るものでなかつたので、昭和二九年八月三〇日までは債権者の供託不受諾の意思表示のときが消滅時効期間の起算点となるべきであると主張されるが、民法第四九六条によれば債権者が供託を受諾しない限り供託者に自由な取戻しを認めているもので、右不受諾の証明がなされていなくても、同規則第一〇条の規定により公告払いの方法で取戻しができたもので、単に右手続規定があつたからといつて取戻請求につき法律上の障害があつたとはいえず消滅時効が進行していないということはできない。

四、以上、いずれの点からみても原告の主張は失当であり、棄却されるべきである。

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